運命の法則

「なんで私の夫は『この人』なんだろう。」

と自分のパートナーにふとそんな疑問を持つことはあるようです。

 

たくさんの異性が世の中にいて、

独身の時に自分の前に現れた男性は何人かあったのに、

その中でなぜこの人が「私の夫」になったんだろう・・

いかがでしょう。

 

そんなようにあなたは思われたことはありませんか。

 

この人を夫に持つようになった、

それはあなたに表れた結果です。

その人を夫に持つという結果。

 

それには必ず原因がある。

そうなる原因があってそうなった、と仏教では説かれています。

 

夫だけではありません。

「なぜうちの子は『この子』になったんだろう」と思うことありませんか。

あるいは、最も大きな影響を持つのは親でしょう。

「なぜ私の親は『この人』なの?」

世の中にたくさんの親はいるのに、

なぜよりによって『この人』になったんだろう?

こんなこと思うことありませんか。

もしそんなこと一度も思ったことない、と言われるなら、

幸せな人と言えるかもしれません。

 

親を恨んでしまっても仕方ないような、

そんな親の元に生まれたら、

やはり「なんで『この人』だったのか」

思うなといわれても思うでしょう。

 

【禍福はあざなえる縄のごとし】

良かれと思ってやったことが災いを招いたり、

災い転じて福となしたり

運命ほど、わからないものはありません。

 

なぜ自分だけがこんな目に合わねばならないのか、

身の不遇をうらみたくなる時は

どんな人にでもくるものです。

「なんでこんな親の元に生まれなければならなかったのか」

「なんでこんな子を持たねばならないのか」

「なんでこんな上司の元で働かねばならないのか」

「なんでこの若さで自分だけがこんな病気にかからねばならないのか」

「なんで身体に障害を持って生まれねばならなかったのか」

「なんでこんな国に生まれたのか」

 

これら我が身にふりかかった運命は、

誰が決めたのか?

何が決めたのか?

人智ではわかりようもなく、

「不可解」の一言です。

 

「わからないのだから考えないようにするしかないよ。」

と片付けようとしても、

どうにも考えざるを得ない。

苦しいと「なんで私だけが。。」と出てきてしまいます。

 

この問題に関しては今日のように学問が発達し、科学が進歩しても

皆目見当がつかないことですから

「神が決めた。」

「先祖のたたりだ。」

「手相や姓名の画数によるんだ。」と

各々が好きなことを言っています。

 

本当のところは何が原因で運命は引き起こるのでしょうか。

 

その答えをはっきり示されたのがお釈迦さまであり、

親鸞聖人でした。

その答えを知られれば、

「あいつのせいでこんな目に。」とうらみ、妬む心が霧消し、

心がスッと軽くなられることと思います。

 

この映画を通して、親鸞聖人の明らかにされた、

運命の原因と結果の関係を学んでみられませんか。

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