親鸞聖人のコラム⑨

column親鸞聖人のお弟子の一人に、西仏房覚明、

という人がいました。

 

この覚明さんを知るまで、

私は「弟子」というのは、何か資格とか、

肩書きとか、そういうものを持つ「先生」に仕えて、

勉強する人なのかと、そう思っていました。

 

ですが、この覚明さんは、親鸞聖人が比叡山でご修行中の頃に、

弟子入りしたとお聞きします。

 

親鸞聖人よりも、30歳近く年上で、元は木曾義仲の参謀でもあったとか…

さらに、あの有名な『平家物語』の作者とも言われているそうで…

そんな人がなぜ、ずっと年下の、しかもご修行中の親鸞聖人に、

弟子入りしたのでしょう。

 

親鸞聖人が、比叡の山を下り、法然上人の元に弟子入りされ、

越後流刑に遭われ、その後関東に赴かれた…

この全ての時に覚明さんは、ずっと聖人にお仕えしていたのだそうです。

 

その当時の親鸞聖人に、名声など、あったでしょうか。

権力とか、お金とか、肩書きとか、そういうものがなくても、

「この方こそ、我が師だ!」と、そう思わせる何かが、

親鸞聖人ご自身にあったのだと、拝察せずにおれません(>_<)

 

そんな師に出会い、長くお側にお仕えることの出来た覚明さんは、

すごく幸せだったのだろうな(;_;)

 

人との出会い・縁というものの重さを改めて知らされた、

素敵なエピソードの一つだと思います(^-^)

under-botan
   

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